柴田町40年の足跡
 

【 昭和31年から平成13年 】

●1956-1995

1956年4月1日 船岡町と槻木町が合併、柴田町が誕生 】

  • 町村合併促進法の公布を受けて、県は新町建設の大勢を示し、合併推進に向けた動きが本格化。昭和31年4月、町がうぶ声を上げた。

【 1958年より 工業団地を造成し、企業誘致を積極的に推進 】

  • さまざまな工場の進出によって柴田町は県内屈指の工業の町として大きく飛躍、発展する。

1960年1月19日 第一海軍火薬廠跡地を自衛隊が使用決定 】

  • 昭和33年2月13日、旧第一海軍火薬廠跡活用促進期成同盟会が町の活性化を願って、発足。官民挙げてのまちづくりが始まった。

1962年1月18日 県内初、農業構造改善事業モデル地区に指定 】

  • いち早く農業構造改善事業を導入して、新生産方式による米、果物、温室野菜などの栽培に着手した柴田町の農業は、近代化農業経営の第一歩を踏み出したのである。

1967年4月25日 仙台大学が旧陸上自衛隊船岡駐屯地跡地に開校 】

  • 『健全なる精神は健全なる身体にやどる』を建学の精神として、開学。開設学科は東北・北海道で初の体育学科と全国初の健康福祉学科。

1970年2月より 船迫地区に住宅団地を造成 】

  • 住宅不足の解消を目指し、事業費100億8000万円余と8年余の歳月をかけ、美しいニュータウンが誕生した。

1980年11月1日 町内初の大型小売店「サンコア」が開店 】

  • 地域の商業振興と、町民の利便性を図るサンコアのオープンにより活気ある魅力に満ちた商店街づくりがスタートした。

1982年4月17日 近代的幹線橋「柴田大橋」開通】

  • 柴田大橋は、白石両岸地区を結ぶ主要幹線橋として町発展に大きく貢献している。

1985年12月12日 国道4号柴田バイパスが全線開通 】

  • 柴田バイパス完成で、仙南圏や仙台圏をつなぐ新ルートが誕生!人と車の流れが一変した。

1990年8月4日 船岡駅舎・コミュニティプラザ、樅の木広場が完成 】

  • 城下町「柴田」にふさわしい城型駅舎の完成で、柴田町を広く全国に紹介できる新たな町の顔が誕生した。

1995年4月26日 槻木文化センターがオープン 】

  • 町の生涯学習を支援するための、拠点施設がオープン。

1995年7月7日 槻木大橋が完成 】

  • 約半世紀、待ちに待った悲願の大橋が、めでたい7づくしの日に開通。阿武隈川両岸の市町を結び、生活圏の拡大を図る槻木大橋は、大きな可能性を秘めた「希望の橋」。